卒業祝い

 次の日曜に三時間ほど時間貰えませんかと、ひとつ下の後輩に打診された時から、なんとなく予測は付いていた。
 後輩と自分はいわば同士で、簡単に言えば二人とも性愛の対象が同性だった。知ったのはたまたまで、というよりは、なんとなくそうかなとカマをかけたらあっさり相手が引っかかった。
 正直とてつもなく嬉しかった。はっきり同性愛者だと自覚のある人間は、自分の周りでは今のところ彼だけだ。それまでは仕方がないと思いながらも、やはり心細く思っていた。自分と同じと思える相手が近くに居ることが、こんなにも心強いとは思わなかった。
 きっと彼も同じだったのだろう。昨年度の文化祭実行委員会で一緒だったと言うだけの、はっきり言ってかなり薄い関係だし、学年だって違うから学校ではたまにすれ違って挨拶をする程度の接点しかないのに、気づけば頻繁にメッセージをやりとりする仲になっていた。
 それでもそこに恋が生まれたり、セックスをするような関係に発展したりしなかったのは、彼には長年想い続ける相手がいたのと、とりあえずやってみたいなんて理由で他者と触れ合う軽さが一切なかったからだ。
 そもそもカマをかけたのだって、きっと好きな男が居るんだろうと思ったせいだし、最初っから想い人がいる相手に恋なんてしようがない。いくら身近で同じ姓嗜好を持つのが彼だけだからといって、無理やり自分に振り向かせようとはさすがに思わなかった。行為だけでもと誘ったのだって一回だけで、きっぱり断られて以降はしつこく誘ったりもしていない。
 それで関係がギクシャクしたり、ギクシャクで済まずにバッサリ切られてしまったら元も子もない。そんなことになるくらいなら、男が好きだということを隠さずに済む、素の自分を互いにさらけ出せる、居心地のいい友人的なポジションを維持する方を選ぶに決まってる。
 なのに今、行為の誘いをはっきりきっぱり断ってきたはずの相手が、率先して自分をラブホに連れ込んでいた。
 男二人でラブホを訪れたのに、すんなりと部屋まで到達できたあたり、きっと事前に色々調べてきたんだろう。
 真面目で、几帳面で、そしてとても臆病な子なのに。その彼にこんなことをさせている責任の半分くらいは、多分きっと自分にある。
「数日早いですけど、卒業、おめでとうございます」
 部屋の中を一通り見回した後、くるりと体ごと振り返って後輩が告げた。声が固いのは緊張のせいだろう。
「ああ、うん。それは、ありがとう?」
 返すこちらの声は、戸惑いが滲みまくった上に、最後何故か語尾が上がってしまった。けれどそれへの指摘はなく、彼は用意していたのだろう言葉を続けていく。
「今日のこれは卒業祝いって事で。シャワー、使いますか? 口でして欲しいとか言い出さないならどっちでもいいです。あと俺の方は一応来る前に使ってきたんですけど、もう一度浴びてきたほうが良ければ行ってきます」
「あのさ、本気かどうかなんて聞くまでもないのわかってんだけど、それでも聞かせて。初めてが好きじゃない相手で、ホントにいいの?」
 自分としてみないかと誘った時は、そういうことはやっぱり本当に好きな相手としたいのでと言って断られたのだ。あの時彼は、乙女みたいなこと言ってすみませんと恥ずかしそうにしていたけれど、こちらはこちらで、やってみたい好奇心だけで誘ったことを恥じていた。
「好きじゃない相手、ではないです。一番ではないですし、きっと恋でもないんですけど、それでも先輩のこと、あの時よりずっと好きになってるので。先輩となら、経験しておくのも悪くない、って気になりました」
 あの時自分は彼に、お互い経験しておくのも悪くないと思わない? と言って誘っていた。あの時よりは好きになっている、してみてもいいと思えるくらいに好きになっている。そう言って貰えて嬉しい気持ちは確かにあるのに、今にも苦笑が零れ落ちそうだ。
 その言葉が嘘だと思っているわけじゃない。ただ、長いこと彼が想い続けていた相手に、最近かわいい彼女が出来てしまったという、別の理由があることを知ってしまっているだけだ。
 想い人の名前をはっきりと聞いたことはないが、さすがに一年以上恋バナを聞いていればわかってしまう。その相手との直接の接点だってないが、相手は同じ学校の生徒だし、もっとはっきり言えば彼と同学年でこちらからすれば後輩だし、その相手が所属している部活の部長だった男とは同じクラスで仲もいいほうだ。ついでに言えば相手の彼女となった女子が部のマネージャーだったものだから、卒業間近のこの時期なのに、元部長の羨望混じりの愚痴という形で、自分の耳にまであっさりその情報は届いてしまった。
 しかしこちらが知っていることを、彼は知らない。だから指摘する気はないけれど、でも卒業祝いだなどと言わず正直に、失恋したから慰めてとでも言ってくれれば良かったのにと思う気持ちは確実にある。
「それに、先輩が卒業してしまうのは、やっぱり寂しいです」
「卒業するからって、連絡断ったりしないよ? 辛いことがあったら、いつだって連絡してきていいんだからな?」
「でも、先輩の大学、遠いじゃないですか。卒業式の翌日に引っ越しって、言ってましたよね」
 また独りになると続いた声は、ほとんど音にはなっていなかったけれど、まっすぐに見つめていたせいで唇の動きと共に聞き取ってしまった。そして酷く不安げに瞳が揺れるのまでも捉えてしまったら、想い人に彼女が出来たからという理由がどれくらいの割合で含まれていようが、そんなのはどうでもいいかと思ってしまった。
 恋が出来る相手ではなかったけれど、自分だってやはり彼のことは好きなのだ。多分、今のところ一番に。
 数歩分離れていた距離をゆっくりと詰めた。好奇心でしてみたいのではなく、好きだからこそ相手に触れたいと思う。
「じゃあ、卒業祝い、貰ってく」
「はい」
 頷いた彼の瞼がそっと閉じられるのを待ってから触れた唇は柔らかく、けれどかすかに震えているようだった。

 
 
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バレンタインに彼氏がTENGAをくれるらしい

 あちこちでバレンタイン用のチョコレートを見かけるようになったので、一応バレンタインをどうするか聞いてみたら、せっかく恋人になったんだから贈り合おうと返された。マジかよと思ってしまったのは、そんな世間のイベントに踊らされる真似はしたくないと返ってくる予定だったからだ。
 恋人なんて関係になったのは昨年末で、それまでは長いこと友人として付き合ってきた。だから相手があまりバレンタインというイベントを好きではない事だって知っている。
「お前、バレンタイン嫌いじゃなかった?」
「嫌いだったけどもう平気」
「どういうこと?」
「本命からは絶対に貰えない、自分から渡すことも出来ない、そんなイベント欠片も楽しくないだろ。でも今年は違うから」
 お前とだったらしたいよと酷く真面目な顔で返されて、とたんに顔が熱くなった。
 彼に長いこと想われていたというのは、恋人になるかどうか迷っていた時に聞かされて知っているのだけれど、それとこれとが繋がっているとは全く気付いていなかった。
 なるほどと思うと共に、さてどうしようかとも思う。
 こんな理由を聞かされて、やらないつもりで聞いたなんて言えない。しかも贈り合おうということは、自分だけが用意するわけではないらしい。相手も用意すると言っているのに、自分からどうするか聞いておいて、買えないなんてとても言えそうになかった。
 しかし、男も買う側にしたい販売店側の思惑が透けるような、逆チョコだの俺チョコだのという単語も聞かないわけではないけれど、長いこと女性から貰うもの、女性が買うもの、という意識だったものが、男の恋人ができたからとそう簡単に変われるはずもない。
 わかったとは言ったもののどうしようか焦るこちらに気付いたのか、相手はおかしそうに笑って、チョコである必要もバレンタイン用商品である必要もなく、ただせっかくの初イベントだから一緒に楽しみたいだけだと言った。
「ついでに言うと、俺、お前に贈るもの既に決まってるからさ」
「マジで!?」
 今度は思ったまま口から飛び出た。
「え、何くれんの?」
 秘密と言われるかと思ったが、相手はあっさり口を開く。
「TENGA EGG LOVERS CHOCOLAT DESIGN」
「ん?」
「バレンタイン用の、チョコっぽいデザインのテンガ」
 なんだそれってのと、テンガって聞こえた気がして思わず聞き返してしまえば、相手はわかりやすく言い換えてくれた。やっぱテンガって言ったのか。
「テンガって、あのテンガ?」
「あのってのがわかんないけど、いわゆるオナホのテンガだね」
「ちょ、待てよ。お前、バレンタインで俺にオナホくれる気なの?」
 それはいったいどういうつもりで?
 ずっと好きだったと言われて、恋人になって、キスをして、互いの体を触りあって、でもまだ体を繋げるようなセックスは未経験だ。そんな関係でオナホをプレゼントされるってことは、つまりまだまだ突っ込ませる気はないって意味だろうか。というか、遠回しに突っ込ませろって言われている可能性はあるのだろうか。
 俺はお前に突っ込むからお前はオナホに突っ込んどけよ、みたいな?
「結構可愛いデザインなんだよ。中の凹凸がハート型でさ。ほらこれ、可愛くない?」
 ぐるぐるとオカシナ事まで考え始めているこちらに気づかない様子で、何やら携帯を弄っていた相手が件のテンガ画像を見せてくる。
「いやちょっと、そういう話じゃなくて。それを俺にくれるって、つまり一人でオナっとけって意味なのって聞いてんだけど」
「えっ。違う違う。一緒にする時、使いたいなって思ってさ。というかバレンタインにそういうこと、する気なかった?」
「えーと、つまり、オナホ使ったかきっこしよって話?」
「まぁ端的に言うとそうなるかな」
 プレミアムボックス通販済みなんだよねと続いたから、つまりはバレンタインに五個のテンガを贈られるらしい。オナホ使った相互オナニーを想像してまぁそれもありかとは思ったものの、チョコではなくとも結局相手が選んだ物はバレンタイン商品だし、ますます何を贈ればいいのかわからなくなった。

バレンタインに便乗したくて書いちゃった。

 
 
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初めて抱いた日から1年

 ひと月前と半月前と先週と何度も頼み込んで、サラリーマンな年上彼氏に平日の休みをもぎ取ってもらった。
 どうしてもその日に休んで欲しい理由は、出来れば前日まで知らせたくなくて教えていない。だって知ったら絶対休みなんか取ってくれない。理由も告げず、お願いと繰り返し頼むその行為が、どれだけ子供じみたわがままかって事はもちろん自覚している。
 実際子供だし。というセリフは、大学生となってしまった今はもう使えないし、そもそも使いたいとも思っていないのだけど。せっかく長年の片想いを叶えて、一回りも年上のその人を恋人にして、さらには相手を抱くことも出来るようになったのだから、子供みたいな真似はいい加減卒業した方がいいとも思ってるけど。
 でもやっぱり、幼少期から長年培ってしまった関係の脱却は難しい。だってそもそも、相手が抱かれる側になってくれたのだって、自分の盛大なわがままを、結局根負けした相手が仕方なしに受け入れてくれたようなものなのだ。
 そしてやっぱり今回も、今は忙しい時期だから休みは難しいと言われていたのに、なんだかんだ調整して休みにしてくれたのは、相手がこちらのしつこい要望に折れてくれたからに他ならない。
「で、明日を休みにさせた理由は? どこか出かけるのか?」
 大学入学と同時に相手の家に転がり込んでいるので、今自分たちが居るのはリビングだ。家賃と生活費の一部は支払っているが、格安設定なこともわかっているので、家事全般は自分が担当している。今彼が話しながら食べている夕飯も、作ったのは自分だった。
「出かけないよ。俺は学校もあるし」
「は?」
 ならなぜ休みを取らせたと言いたげだ。脳内ではきっと、辻褄が合う理由を必死で探しているのだろう。
「今日は抱かせて」
「平日だぞ」
「だから明日休んでもらった」
 あからさまに嫌そうな顔をしたので、だって特別な日だよと語気を強めに告げてみた。
「特別な日?」
 今度はまったくわからないという顔をしている。まぁそれは想定内だ。この日にこだわってるのは自分だけだってちゃんと知ってた。
「そう。特別な日。記念日」
「記念日……? ってまさか、俺を初めて抱いた日、とか言い出す気じゃないだろうな?」
「あれ? 覚えてた?」
「特別な日で記念日と言われて、去年何をしたかと考えたら、それくらいしか思い当たることがない」
「初めて抱いた日から一年ってのもあるけど、俺が初めて告白したのもこの日。それから数年経って、ようやく告白を受け入れてもらえたのもこの日」
「えっ……?」
「さすがにそこまでは覚えてなかったろ。去年、ちょっと強引に抱いちゃったのはさ、日付も関係してたんだよね」
 恋人になれた日が告白した日と被っていたのはただの偶然のはずだけれど、初めてのセックスをこの日にというのは、随分と前から決めていた事だった。
「来年以降も、この日だけは絶対抱くから。普段はそっちの体力に合わせてあんまりムチャもしないでしょ。でも今日だけはちょっとだけムチャさせて?」
 言ったらなんとも言えない顔をしつつも、諦めたような溜息が一つ落とされる。
「休めるのは明日だけなんだから、そこは考慮してくれよ」
「そこはまぁ、多分、大丈夫……と思う。体力任せに抱き潰したりはしない。予定」
 さすがに12も歳の差があると、セーブしてるつもりでもついついやり過ぎて、過去に何度か抱き潰している。おかげで最近は、休前日しかさせて貰えないし、翌日休みでさえ二回もイかせればあっさりギブアップされてしまう。一度のセックスで一回イけば、それでもう充分らしい。
 まぁ、折角の休みを一日ベッドの中で過ごしたくはないだろうし、たった二回でも午前中はベッドの中という場合も多いので仕方がない。
「予定じゃなくて確実に抱き潰すな。もし明日一日で回復できないような抱き方したら、来年以降は断固拒否だからな」
 それはようするに、ムチャさえしなければ来年以降もこの日だけは絶対に抱くという宣言までも、了承してくれたということだ。
 わかったと頷いて、ありがとうと目一杯の笑顔を向けた。

 
 
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1話完結作品

1話だけで終わっている作品をただ並べただけのページです。
右下へ行くほど古い作品。

酔った勢いで兄に乗ってしまった話  大事な話は車の中で  大晦日の選択  捨て猫の世話する不良にギャップ萌え、なんだろうか  自棄になってても接触なんてするべきじゃなかった  お隣さんがインキュバス  ずっと子供でいたかった  ホラー鑑賞会  離婚済みとか聞いてない  初恋はきっと終わらない  好きって言っていいんだろ?  カレーパン交換  ツイッタ分(2020年-2)  ツイッタ分(2020年-1)  それはまるで洗脳  あの日の自分にもう一度  ツイッタ分(2019)  禁足地のケモノ  嘘つきとポーカーフェイス  カラダの相性  お隣さんが気になって  間違ってAV借りた  ツイッタ分(2018)  結婚したい相手はお前  ときめく呪い  昔と違うくすぐり合戦  雨が降ってる間だけ  兄が俺に抱かれたいのかも知れない  ただいまって言い続けたい  親友に彼女が出来た結果  週刊創作お題 新入生・再会  60分勝負 同居・灰・お仕置き  いくつの嘘を吐いたでしょう  ヘッダー用SS  出張に行くとゴムが減る  ゴムの数がオカシイ   チョコ味ローション買ったんだって  スライムに種付けされたかもしれない  昨夜の記録  合宿の夜  寝ている友人を襲ってしまった  なんと恋人(男)が妹に!?  卒業祝い  120分勝負 うっかり・君のそこが好き・紅  こんな関係はもう終わりにしないか?  そういえば一度も好きだと言っていない  バレンタインに彼氏がTENGAをくれるらしい  鐘の音に合わせて  青天の霹靂  初めて抱いた日から1年  叶う恋なんて一つもない  抱かれる覚悟は出来ていたのに  2回目こそは  墓には持ち込めなかった  呼ぶ名前  酒に酔った勢いで  思い出の玩具  兄の彼氏を奪うことになった  俺を好きだと言うくせに  夕方のカラオケで振られた君と  一卵性双子で相互オナニー  腹違いの兄に欲情しています  死にかけるとセックスがしたくなるらしい  草むらでキス/戸惑った表情/抱きしめる/自分からしようと思ったら奪われた  好きなひとの指 / 連続絶頂 / 癖になってしまいそう  淫魔に取り憑かれてずっと発情期  アナニーで突っ込んだものが抜けない  ハロウィンがしたかった  忘れられない夜 / 無抵抗 / それだけはやめて  引っ越しの決まったお隣さんが親友から恋人になった  優しい笑顔が好きだった  リバップル/向き不向き  戸惑った表情/拘束具/同意のキス  夕方の廃ビルで

 
 
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太らせてから頂きます2(終)

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※ 視点が後輩に変わっています

 思えばサークルに入って少ししてから、その先輩はずっと自分をなんだかんだ気にかけてくれていたように思う。実家の状況が変わって仕送りが大幅に減った時も、サークルを辞めるといった自分を幽霊会員でいいからと引き止め、結構な頻度で食事をおごってくれたりしていた。
 下心でなんて言いつつも何もされなかったし、いつも柔らかに笑ってくれるばかりだったから、なんというかこう、世話したがりな人なんだろうと思っていた節はある。下心というのはむしろ、手軽にボランティア精神を満たすのに利用してるってことか? なんて事を考えた事まであったほどだ。
 実家の状況が少し好転して、前ほどではないにしろまたサークルにも時々顔を出せるようになってからも、一度かなり縮んだ距離感は顕在で、奢りこそ多少減ったけれど一緒に食事する頻度はむしろ上がった。サークルに顔を出せるようになったことを、本気で喜んでもくれていたから、そこから何か少し変だなと思うようになった。
 しかし変なのは先輩がではなく、自分自身の方だった。変になった自分に、多分先輩も気付いている。なんだか少しずつ距離を置かれている気がするのは、自分が変になったせいだとわかるから、時々泣きたいような気持ちになる。
 食べるものが美味しくない。特に一人での食事時はそれが顕著だった。
 だんだんと色々なことが億劫になって、家でぼんやりすることが増えたが、ぼんやりしつつも頭の中では先輩のことを考えている。
 なんだこれ。なんだこれ。
 先輩とのあれこれを思い出す合間に、焦りなのか絶望なのかわからない不安のようなものが、脳内をぐるぐる回っている。
 そんな中、携帯が小さく震えた。手にとってみれば、くだんの先輩から奢ってやるから出ておいでという、なんとも見慣れたメッセージが届いていた。
 一瞬胸が軋む気がしたが、すぐに行きますの4文字を送る。次に送られてきたメッセージには、場所が先輩の家なことと、食べるものは既に決まっている事が書かれていた。
 急いで先輩の家に向かえば、先輩は困った様子の苦笑顔で迎えてくれたから、なんだか申し訳ない気持ちが湧いてまた泣きそうになる。先輩の前で泣くわけになんか行かないのに。そんな事になったら、きっとますます避けられるようになってしまう。
「お前、最近ちゃんと食ってんの?」
 机の上に並んでいたのはどこで買ってきたのか、近所のスーパーのものではないことだけはわかる惣菜が並んでいて、どれも消化に良さそうな物をと考え用意されたものだとわかる。
「あんま、食欲、なくて」
「知ってる。でも食わないのはダメだよ」
「太るどころか痩せたっすもんね」
 きっと上手くは笑えなかった。だって自分のゲス加減にうんざりした。
 あまり腹が減らなくなって、もしこのまま食べれずに痩せていったら、また先輩が色々気にして食事に誘ってくれるんじゃないかって、期待していた気持ちは自覚している。
「逆だよ。お前が俺の思惑通り丸々太ったから、お前は今ちょっと食べれなくなってるだけだから」
 先輩はやっぱり苦笑顔で、まったく意味がわからないことを言い出した。
「説明はする。だから、取り敢えず一緒にこれ食べよ。一緒になら、食えるだろ?」
 ほらと差し出された箸を受け取り、頂きますと告げた先輩に続いて頂きますを言ってから、取り敢えず一番手近な所にあった、トロリとした餡のかかった豆腐を口に運んだ。
「美味い、っす」
 軽く咀嚼して飲み込んで、心配気に見ていた先輩にそう伝えれば、ホッとしたように笑う。柔らかな笑顔に、ああ、この人のことがいつの間にかこんなにも好きだと思って、とうとう涙が一粒溢れてしまった。
「す、っみま、せっ」
 慌てて涙を拭おうとした手を、先輩の手がそっと握ってくる。
「謝るのは俺の方。ちょっと育て過ぎちゃったな」
「育て、すぎた……?」
 さっきから先輩の言葉の意味がさっぱり伝わってこなくて、とうとう先輩とは言葉すら通じないほどの仲に変化してしまったのかと悲しくなる。
「ヘンゼルとグレーテルの時代から、餌付けして太らせてからおいしく頂くものだって、前に教えたよな?」
「でも俺、まったく太ってないです、けど」
「俺が太らせたかったのはお前の体じゃないよ」
 苦笑した先輩は、そっと左胸に手のひらを押し当ててくる。
「俺が餌付けしまくって育ててたのは、お前の、ここ」
「ここ?」
「心臓。いわゆるハート。ようするにお前の、俺への気持ち」
「先輩への、気持ち?」
「そう。食事が喉を通らなくなるほど、俺を好きになってくれて、ありがとう」
「……えっ?」
「違った?」
 呆気にとられて見つめる先で、先輩が優しく笑っている。
「違わ、ないっ」
 どうにか声を絞り出したら、良かったと言いながら左胸に当てられていた手が頬に伸びて、さっきこぼれた涙の跡を消すように拭ってくれた。
「めちゃくちゃ美味そうに丸々太ったお前を、今すぐ食べたいくらいなんだけど、食事後回しで大丈夫?」
 頷きながらも、下心って本当にあったんだと、自分の鈍感さに少し笑う。笑ったら、笑った口元凄く美味そうと言われながら、先輩にカプリと齧りつかれてしまった。

 
 
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太らせてから頂きます

 奢ってやるから出ておいでーとラインを送れば、すぐに既読がついて、どこ、という簡素な返事が書き込まれた。
 一応大学サークルの後輩なのだが、ラインの文面はいつもこんなだ。携帯で文章を打つのが苦手だとかで、だからちゃんと返事が来るだけマシらしい。まぁ、返事が来るのは奢るって内容で呼びかけたからなんだけど。
 しかも、サークルの後輩なのに、こうしたサークル以外の個人的な呼び出しで会ってる時間のほうが明らかに多い。というか現在のこいつはほぼ幽霊会員というやつだ。
 理由は実家の経済状況が悪化して仕送り額が大きく減ったから。バイト増やして顔出せなくなるから辞めると言うのを引き止めて、取り敢えず籍を置いたままにさせたのは自分だ。
 こちらも簡素に家とだけ書き込めば、次はピザとだけ返る。その後も単語だけみたいなやり取りを数回繰り返し、終えた後は相手希望のピザを注文した。すぐ出れると言っていたから、到着はきっと同じくらいになるだろう。
 やがてチャイムが鳴り、先に到着したのはピザではなく呼びつけた相手だった。
「ごちになりまーす」
 ラインの文面とは打って変わって、笑顔と共に元気よく告げながら、相手は手にしたビニル袋を差し出してくる。近所のスーパーの名前入りビニル袋の中身は、1.5リットルサイズの炭酸飲料ペットボトルだ。
「はいはい。ごちそうしますよー」
 上がってと促し、自分は受け取ったペットボトルを持っていったんキッチンに立った。
 中身をグラスに注いで部屋に持っていけば、慣れた様子で既に座卓前に腰を下ろしていた相手が、わかりやすく嬉しそうな顔をする。まぁ、ピザと一緒に飲みたくて買ってきたのだろうから、当然の顔なんだけど。
 チャイムが鳴って、今度こそピザが届いたらしい。パッと期待に輝く顔に、可愛いなぁと思う気持ちを噛み締めつつ、もう一度玄関へ向かった。
 待ちきれないのか席を立って付いてくるのもまた可愛い。
 受け取った商品を持ってってと押し付けて、金を払ってから部屋へ戻れば、ピザの箱は既に蓋が開いていた。さすがに手を出してはいないが、こちらの動きを追う目が早くと急かしてくる。
「お待たせ、食べよっか」
「いただきまーす!」
 自分も席に着いて声を掛ければ、やはり元気の良い声が返って、目の前の箱からピザが一切れ消えていく。そしてあっという間に箱のなかは空っぽになった。
「お腹いっぱいになった?」
 聞かなくてもわかるけどと思いながらも、満足気な顔に問いかける。こくりと頷いて、美味かったっすと笑われて、こちらも嬉しくなって笑い返す。
「先輩って、ホント太っ腹っすよね」
「あれ? 下心あるよって前に言わなかった?」
「聞きましたけど、でも何かされたこと一度もないし」
「ヘンゼルとグレーテルの時代から、餌付けして太らせてからおいしく頂くもの、って決まってるからな」
 まったく本気にしてないようで、それじゃあ絶対太れないなぁと笑っている。彼の事情に同情して、時々食事を奢ってくれる先輩、という位置づけなのはわかっていた。
 でも同情してるわけじゃなくて、つけ込んでるって見方が正しい。もちろんそんなの教えないけど。
 餌付けってのは美味いものを食べさせるってだけの意味じゃない。体を太らせるとも言ってない。
 こうして二人で過ごす時間全てが餌付けであり、一番太らせたいのは相手が自分へ向けてくれる想いだって、相手に気づかれた瞬間が多分食べ時。できれば丸々太って先輩好き好きーって状態でおいしく頂きたい。
 時期が来たらむりやり気付かせて食べるつもりだけど、まだまだその時期じゃない。だから今はまだ、何も気づかずにいてほしい。
「いつかお前が太るの楽しみだなぁ~」
「だから太りませんってば」
「じゃあもっともっと食べさせないとなぁ」
「あざーっす」
 言ったら、こちらの思惑通り単純に、また奢ってやるって意味に捉えた相手が嬉しそうに笑った。

続きました→

 
 
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